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NHK2012年9月29日放送 「ニッポンのジレンマ 僕らの国際関係論」

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登場人物

吉田徹
土井香苗
木村草太
陳 天璽
與那覇潤
宇野常寛

「グローバル化」という言葉をどうとらえるか。
グローバル化・国際化という言葉をどうとらえるかという認識が以前と違う。
海外を知っていることが卓越性の証拠だった時代は終わった。現在のグローバル化は第二の黒船であり、変わらなきゃいけないことが分かった。
近代日本のキーワード「脱亜入欧」の時代が終わりアジア国家との新たな関係が生まれた。
このことは進歩幻想の終焉といえ喜ばしい。
與那覇「国と国という視点だけでは物事を判断することが難しくなってきて、国家の輪郭があいまいになっているのではないか。」

上記より
木村草太「国家を擬人化して語るのは危険」
一つの国家の中に一つの考えだけがあるわけではない、また国家という線をどこでつけるのか不明瞭である。
国民という区切りにしても、無国籍の人や多重籍の人もいる現実。
国家や国民という言葉が単純な方程式では答えが出ない限り、擬人化して考えることには限界があり、危険である。

【国家をとらえる想像力をどこから調達するか?】
ネイションとはなにか?グローバル化という言葉をどうとらえるか?
吉田「国家が軽くなったわけではない。ただ国家の意識が日本では希薄だということ」
土井「多国籍の人でもネットを使えば簡単に話せる。グローバルは、あまりにも普通すぎる。国家と国家ではなく、人と人、国家と国民など新しい関係ができやすい社会になったのではないか?」

国民感情という言葉を使用するときに、オーソリティの感覚や感情を優先することをしてきた。これは日本国家が内向きに対するナショナリズムを使用してきたことの証拠。以前からほかの国はグローバル化だった。

吉田「国家の仕組みとは「①暴力の独占②立憲主義・民主主義③想像力」と考える。
與那覇「日本の場合②があったのか?」

ナショナルな範囲で想像力を共有するのではなく、他者性を自分のものにする国家として成熟していくべきではないか。日本は他者性の共有にとかく不得手である。そのため、シンプルな正義感がシェアされているのが日本であり、小さなリーダーシップがたくさんある。それが排他性につながってしまうのではないか。

グローバリズムの話題の時に、国家内向きの話へと移行していくこと自体が現在の日本としてのグローバリズム感覚の低下を指しているのではないか。


などなどでした。
国家の擬人化の危険性と、日本の他者性を認めることに対する不得手ということ。とても納得がいった。
それを踏まえたうえで、国家の捉え方というものには、概してオーソリティの感覚が重要視され、排他的感情をもった人々が国家を形成するならば、マイノリティと判断した人たちは少しずつ切り取られていかれてはいかないか。
そのオーソリティとマイノリティが逆転する時が来る場合、日本国家を支持するものがどれだけ残っているのか不明瞭である。政府という中央集権組織により国家・国民の定義がなされること自体、不可能なことをしているのだと思う。
むろん、本当の他者性に目を留め、逆に自分たちのものへと吸収していくことは大きな力を持つこととなるが、それらの人々を結びつける国家という感覚ではない確固とした基準が必要であることへの認識が強くなった。それは決して不可能なことではない。

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